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1 2010年 04月 17日
〔説 例〕
窃盗(A事実)で現行犯人逮捕された被疑者甲が,勾留され,これが公訴の提起を経て被告人勾留に切り替わり,第一回公判期日において甲はA事実を認めた。ところが,甲は,常習累犯窃盗による直近の服役前科があった上,多数の同種余罪を供述しており,そのうち,3件の窃盗(BないしD事実という。)について,順次逮捕・勾留された。 1 その後,検察官は,BないしD事実について公訴を提起することなく,A事実につき,BないしD事実をも包摂する常習累犯窃盗の事実に期日間において訴因変更を請求した。訴因変更許可決定前に弁護人が甲の保釈を請求する場合,弁護人は,どの勾留に対して保釈を請求すれば良いのか。 2 その後,検察官が,BないしD事実について公訴を提起した(以下「本件各追起訴」という。)後,A事実につき,BないしD事実をも包摂する常習累犯窃盗の事実に期日間において訴因変更を請求して,裁判所がこれを許可した場合,BないしD事実に対する各勾留及び追起訴についてはどのような取扱いがされるべきか。 〔解 説〕 1 一人の被告人に対して複数の勾留が競合している場合,現実にその身柄を解放するためには,全ての勾留につき保釈等の裁判を得なければなりません(これは,いわゆる事件単位説に立って勾留の競合を認めた場合の帰結といってよいでしょう。)。ところで,常習一罪等は,それぞれ独立した各構成要件該当事実を包摂した構成要件となっていますが,この各構成要件に該当する各事実について勾留の裁判がされ,それぞれ公訴が提起され,その後,すべての訴因を包摂するような常習一罪の訴因に変更された場合,訴因変更の基礎となった訴因以外の各事実についてされた勾留の裁判はどうなるのかというのが説例1の設問趣旨です。 一つの考え方としては,BないしD事実については公訴の提起がされていない以上,「公訴を提起しないとき」(刑訴法208条1項)に当たるものとして,各勾留の裁判は当然に失効するというものです(さしあたり「当然失効説」と呼んでおきましょう。)。したがって,弁護人は,A事実の勾留に対してのみ保釈を請求すれば足りると言うことになります。 もう一つの考え方として,刑訴法208条の趣旨とするところは,被疑者を勾留した事件については,10日以内に被疑者の処罰を請求するか或いは被疑者の釈放をするかのどちらかの処置をとらなければいけない旨を定めたものであるから,その事実について訴因の追加の手続をすれば足りる(『増補令状基本問題 上』「常習一罪の各部分についての逮捕・勾留の可否」小田健司・207頁以下参照)とするもの(さしあたり「当然切替説」とでも呼んでおきましょう。)で,この場合,弁護人はAないしDの各事実に対する各勾留の裁判についてそれぞれ保釈を請求し,裁判所はこれらを許可する場合,保釈保証金の割付を検討しなければならないことになります。「訴因の変更,追加の請求を公訴の提起に準ずるものと解し,同法(刑訴法:筆者註)第60条第2項,第208条第1項の『公訴提起』とは訴因の変更,追加の請求をも含むものと解するのが相当である」とする裁判例(福岡高裁昭和42年3月24日決定〔高刑集20巻2号114頁〕)も同旨の見解に立つものと思われます。勾留の競合を前提に,訴因変更請求ないしそれに伴う勾留の裁判時において,後の勾留の裁判によって先行する勾留の裁判が取り消されたとするもの(但し,当初より常習傷害で勾留中に保釈された被告人が,さらに常習として傷害に及んで勾留され,公訴を提起されることなく訴因変更された事案・鳥取地裁昭和46年5月14日決定〔判タ263号278頁〕)や,裁判所があらためていずれかの勾留の取消決定をすべきとしてこれを取消し差し戻したもの(広島高裁松江支部昭和46年5月22日〔判タ263号278頁〕),前記福岡高裁決定で覆された福岡地裁昭和42年3月2日決定(前掲高刑集に収録)などの裁判例も,暗黙のうちに同旨の見解を前提にしているものと思われます(初学者のころ,これらの裁判例の判旨を一読して理解しづらかった覚えがあるのですが,その理由もここにあるのでしょう。)が,その理由はやはり明示の取消決定がされていない以上,包摂された事実についての勾留の裁判を無視することにためらいを覚えたことにあるのではないかと推察されます。 私見としては,当然失効説に立つべきと考えています。なるほど,訴因の変更ないし追加も,公訴の提起と同様に一定の事実につき検察官が訴追意思を明示したという点では共通しますが,そもそも訴因変更の効果は裁判所がこれを許可するか否かにかかっているのであって,検察官処分権主義ないし不告不理の原則により一つの事件につき一つの手続をいやおうなく創設する効力のある公訴の提起という書面による訴訟行為を,前記のような効力が不安定で必ずしも書面によるとは限らない訴因変更請求で代替することには無理がありますし,当然切替説は刑訴法208条の文理にも反しているという難点を抱えているからです。 それならば,訴因変更請求ではなく,裁判所の訴因変更許可決定をもって公訴の提起と同視して,その時点でBないしD事実について被告人勾留への切替えを認めれば良い(さしあたり「許可切替説」とでも呼んでおきましょう。)のではないかという指摘も考えられるところですが,訴因変更許可決定が被疑者勾留の満期までになされなかった場合,その間の勾留の効力の説明がつかない(認めれば,厳格な期間制限との整合性が取れないでしょう)し,一手続を維持したままで審判対象を手直しする訴因変更であらたに一事件につき一手続を開始させる公訴の提起を代替するには重みが異なり,何よりもそこまで不自然な解釈をする実益に乏しいといわざるを得ません。 (なお,当然切替説ないし許可切替説に立った場合,訴因変更の請求ないし許可決定によって,先行するBないしD事実という余罪についての勾留が黙示に取り消される,あるいは当然に失効すると解する見解〔前記裁判例参照〕も考えられますが,実定法上の根拠に乏しいことは否みようもなく,職権又は請求により明示の取消決定を要するというのが実務感覚に近いと思います。弁護人は,明示の取消決定がない限り,一応すべての勾留に対して保釈を請求する手続的負担ないし危険を一方的に負うことになります。) 2 説例2の場合,BないしD事実についても,本件追起訴を経ている以上,各被疑者勾留がそれぞれ被告人勾留に切り替えられていることになります。そして,前記鳥取地裁決定や前記福岡地裁決定のように,訴因変更請求又はそれに伴ってなされた勾留の裁判において,他の事実の勾留は取り消されたという見解に立つならば,勾留の競合が生じる余地に乏しくなりますが,少なくとも明示の取消決定もせずに勾留の裁判を無視するというのは実務感覚として違和感の拭えないところでしょう。 そうすると,前記広島地裁松江支部決定のように,被告人の身柄確保のための勾留の裁判を一つ確保した上で,その余の各勾留の裁判について明示の取消決定をすべきということになります。そして,勾留の基礎となる事実はなるべく被告人の現状の立場を反映したものであることが望ましいところ,裁判所としては,訴因変更許可決定後,公判期日において,変更後の訴因について被告人の認否を聴いた上で,変更後の訴因に勾留を切り替えた上で,これまでのAないしD事実に対する各勾留の裁判をすべて職権で取り消すのが最も妥当な処理と思われます。公判前整理手続期日などで訴因変更が許可されてから,第一回公判期日が終わるまで時間がある場合,その間どうするかは悩ましい問題ですが(保釈等を視野に入れて,可能な限り身柄関係は早期に簡明な処理をすべきというのも,一貫した考えだと思います。),あえてその期間中に勾留を一本に絞るのであれば,A事実による勾留を維持した上で,他の勾留を取り消すのが素直な考え方でしょう。その担当を受訴裁判所にするのか令状担当裁判官にするのかは,予断排除原則との関係で微妙な問題を含んでいます(刑訴規則187条1項が,公訴提起後第一回公判期日までの勾留に関する裁判を,受訴裁判所以外の令状裁判官に担当させる旨定めているのは,受訴裁判所が勾留に関する裁判での疎明資料から予断を得る恐れを排するためです)が,やはり訴追対象としてBないしD事実も審判対象たる訴因の俎上に載せられた以上,審理を担当している受訴裁判所がこれらを取り消すべきというのが私見です(拙ブログでこれまで論じてきたように,暫定的な疎明を得る令状審査において本案の心証を取ることは禁じられているところ,第一回公判期日後であれば,受訴裁判所は,たとえ証拠調べが未了の証拠であっても,疎明資料として精査をせざるを得ないというべきと考えますが,単に審理経過を考慮して勾留を取り消すだけであれば,さらに弊害は少ないといえます。)。 追起訴については,訴因変更によって訴追対象が一つにまとめられた以上,起訴自体も当然に併合され,吸収されて合一になったとして特段の処理は不要と考える余地もないではありません。しかしながら,公訴の提起とは,前記のとおり検察官処分権主義ないし不告不理の原則に則って,一事件について一手続を開始する厳格な様式行為であるところ,一事件について公訴の提起に重ねて訴因の変更ないし追加という形で検察官の訴追意思が二重に訴訟行為をもって表明されている事態は,一事件一手続の原則という刑訴法の基本構造に関わる原則にそぐわないものであり,何らかの方法で解消されるべきと思われます。一事件一手続の原則とは,一つの事実は一つの刑事手続きで処理されるべきであるという原則であり,一つの事件について矛盾抵触した複数の判決等の裁判(国家意思)の存在を許さない(事件単位の原則などもそのあらわれといえましょう。)ばかりでなく,保釈等の対象となる勾留の裁判を明示するなど法律関係を簡明にして被疑者・被告人の防御に資する効果を有するなどしています(香城敏麿教授は一事件一手続の原則を「同一事件に対する訴追手続は,同時に二つ以上存在してはならず,二つ以上存在するときは,二重起訴として一つに解消されなければならない」と定義しておられますが,基本的にこれと同趣旨です。「訴因制度の構造」『香城敏麿著作集Ⅱ』261頁以下)。本件追起訴を見過ごして変更後の訴因に対して判決することは,後に判断の脱漏との誹りを招く恐れがあります。 裁判所としては,まずは同一性のある公訴事実につき二重に訴追意思を表明した検察官の責任において,公訴の取消し(刑訴法257条)をするように促し,検察官がこれに応じたら弁論を分離して(もっとも,併合されていればですが)公訴棄却決定(刑訴法339条3号)をするのが最も据わりの良い処理です。 しかし,何らかの事情で検察官がこれに応じない場合は,「公訴の提起があった事件について,更に同一裁判所に公訴の提起があったとき」(338条3号)として公訴棄却の判決をすることになるのではないかと思います。公訴事実の同一性があるA事実について公訴の提起があった点をとらえれば,その後CないしD事実を含めた訴因に変更されたことに照らし,「公訴の提起があった」と見ることが(技巧的との非難はあるにせよ)できるからです。ここで,麻薬取締法違反の常習営利の一罪を構成する行為につき追起訴状が提出されても,これがその一罪を構成する行為で先の起訴状に漏れたものを追加補充する趣旨のものと認められる以上,338条3号に該当しないとする最高裁昭和31年12月26日大法廷判決との抵触が問題となり得ますが,この大法廷判決は未だ追起訴に係る事実を包摂した訴因への変更がなされていない事案に関する判断であり,事実関係が異なるものとして抵触はないと見ることができるでしょう。 ■
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by humitsuki
| 2010-04-17 09:25
| 刑事法
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